名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(う)118号 判決
原審認定事実が「被告人は債務の履行を免れようとする目的で、債権者畠中喜作を殺害しようと企て、同人に対し重傷を負わせたけれども、殺害の目的を遂げなかつたものである。」と言うにあること、既に前論旨に対し判示冒頭其の他の部分に掲記した通りである。しかも原判決には、検察官の主張する如く、「被告人が被害者から履行の請求を受けることを予期されるような状況の下にあつて、この請求を排撃すべく、被害者畠中に対し、判示のような暴行を加えたものでなく、寧ろ履行の請求を受けることを、予想されないような状況であつたにも拘らず、状況の判断を誤つて本件挙措に及んだものである。」旨、認定したと解すべき具体的な記載もない。却つて原判決挙示の各証拠中、被告人に対する検察官作成の昭和二十九年十二月二十九日付供述調書の記載に依れば(一)被告人は返済の目当もないのに、叔父畠中喜作から昭和二十九年三月以降同年十二月上旬頃迄、前後十数回に亘り、合計約三十万円を借用したこと、(二)畠中は被告人に対し月五分の高利で、前示の如く金員を貸与し、債務者をして借用証書の作成を為さしめず、貸借に関する事項は、自己の手帳にこれを記入するのみで、妻其の他の家族にもこれを秘匿して居たこと、(三)以上の借財は、同年十一月、十二月頃借受けたものを除き、いずれもおそくも同年暮迄には必ず返済する約束であつたこと、(四)同年十一月頃被告人は畠中より、「これ迄貸した金は幾らかでも返してくれ」と履行の督促を受けるに至つたこと、(五)被告人は債務を返済する能力もなく、しかも、既存の債務について履行の督促を受けるに至つては、これ以上新に叔父に対して金借方を申入れ難い苦境に陥入り、さればといつて遊興費の調達を断念することも出来なかつたところから、同年十一月下旬恰も友人より借財を依頼され、その仲介をするように装い、架空の氏名をもつて叔父に金融を申込み、畠中を信用せしめた上、若干の金融を受けたが、その際借用証書を差入れるよう申聞けられ、架空の氏名を記載した証書を作成した上、十二月十日頃同人にこれを示したところ、「こんなものでは駄目だ。印紙を貼りそれに判を押し、貸主、借主、保証人等を判然書いて持つて来い」と言われ、折角の書面も返戻されてしまつたこと、(六)被告人は、自分の収入では、叔父に対する債務の、毎月の利子すらも支払うことが出来ず、しかも、叔父に対する自己の欺罔手段も、やがては露見しない筈がなく、約束の年末に至れば、債務の大部分につき、叔父から返済を請求されることが当然予想され、十二月月末の到来と共に、少くとも年末返済約束の部分は、これを履行しなければならぬ義理合であるのに、到底その支払を為す能力なく、これが前後策に懊悩煩悶していたこと、(七)被告人は前記の如く煩悶の末、寧ろ此の際叔父畠中を殺害すれば、倖いにも借用証書をいまだもつて差入れて居らず、叔父の家族も貸借の事実を知らないから、叔父から借財していることが何人にもわからなくなり、これによつて債務の支払を免れることが出来ると考え、原判示のような所為に及んだものであつたこと等の諸事実を肯認することが出来、以上を綜合すれば、被告人は、昭和二十九年十一月頃被害者から、従来成立した債務について、すみやかに弁済するよう、現実に履行の督促を受けて居たものであり、なお、おそくも同年年末迄には、十一月、十二月中借用の分を除き、債務の大部分の弁済期が到来する為、年末には畠中から履行の請求を受けることが必然的に予想され、従つて、年末も切迫した本件犯行の頃、すなわち、昭和二十九年十二月中旬頃、被告人は如何にして該債務の支払を免れ得るかにつき、抜き差しならぬ窮境に陥入つて居たものであつたことを看取するに足る。よつて斯の如き認定事実に対する法令適用如何を案ずるに、債務免脱の目的で債権者を殺害しようとして遂げず、その結果債権者を負傷させたという事実について、これを強盗傷人罪に問擬した前審判決を破棄して殺人未遂に処した判例(明治四三年六月一七日大審院判例)はあるが、其後の判例(昭和六年五月八日大審院判例)に、犯人が乗客となつたタクシー自動車運転手の頸部を手拭で締め、この暴行によつて運転手をして本来降車の際に行わるべき債金支払の請求を不能ならしめ、その支払を免れて不法の利得を得た事実につき、これを強盗罪とした前審判決を支持したものがあり、この後の判例によれば、刑法第二百三十六条第二項の強盗罪と第一項の強盗罪との差異は、その客体が財物であるか利得であるかの相違に過ぎないと言わねばならず、若しそうだとすると、財産上の利得すなわち債務を免れることを目的として暴行を加え、他人を殺傷した場合には、強盗殺傷人罪が成立するものと解すべきである。尤も債務者が債権者を殺傷したからといつて、つねに、強盗殺傷人罪が成立するものでなく、例えば不法利得の故意がない場合や客観的に不法利得が不能な場合には本罪は成立しない。そこで、これを本件について観察するに、被告人は叙上の如く、被害者から債務の一部について犯行前現実にその履行を督促され、また十二月末日に至れば、年末に近い時期に借用した一部債務を除き、爾余の債務について、必然的に履行の請求を受けることが予想される状態にあつたものであつて、被告人の本件所為は、これ等債務の履行請求に対し反撃を加え、借用証書が存在しないのを倖いにその支払を回避しようとする動機より出発したもの、換言すれば、現実に債務の支払を免れる目的から、債権者の生命を奪去つて、同人をして再び支払の請求を為す能わざらしめようと図つたものであることは、諸般の資料に徴し疑を容れる余地のない事実である。従つて、被告人は、犯行当時、履行の請求を受けず、又は履行の請求を受けることが予想されないような状況にあつたものでないと言わなければならず、また、公訴事実が前記の通りであり、認定事実が原審認定の如くである以上、これに対する法令の適用は、強盗殺人未遂として刑法第二百四十条後段第二百四十三条をもつてせざるを得ないと言うべきである。そうして見れば、事茲に出でず、これを単なる殺人未遂とし、同法第二百三条第百九十九条を適用処断した原判決の擬律は、法令の適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響するから論旨は理由があり、原判決はこれを破棄すべきである。
よつて、弁護人の量刑に関する論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に依り原判決を破棄した上、同法第四百条但書に従い次の通り判決する。
被告人は、三味線の稽古をはじめたのが機縁となり、屡々新湊市の遊廓等に出入するうち、大正楼の千鶴子其の他の芸妓と馴染になり、昭和二十九年一月頃以来、同女等を敵娼に遊興を繰返すうち、次第に遊興費の調達に窮するようになり、同年三月以降十二月上旬迄の間、叔父の畠中喜作から前後十数回に亘り、現金合計約三十万円を借受けたが、もとより返済する当てもなく、殊に、これより先同年十一月頃右喜作より、従来貸与の分について、すみやかに弁済する様履行の督促を受け、これ以上新に叔父に対して金員借用方を申入れ難い苦境に陥入り、さればと言つて、遊興費の調達を断念することも出来なかつたところから、同月下旬恰も友人より借財を依頼され、その仲介をするように装い、架空の氏名をもつて叔父に金融を申込み、同人を信用せしめた上、若干の金融を受けたが、その際、従来借用証書を徴したことのない叔父から、借用証書を差入れるよう申聞けられ、因て止むなく架空の氏名を記載した証書を作成した上、同年十二月上旬同人にこれを示したところ、「こんなものでは駄目だ、印紙を貼り、それに判を押し、貸主、借主、保証人等を判然書いて持つて来い」と言われて折角の書面も返戻され、その後叔父より、前記架空人名義の債務について、借用証書の差入方を屡々督促され、兎や角するうち年末も迫り、被告人の叔父に対する債務は年末迄に弁済期の到来するものが多かつたので、若し叔父の満足するような借用証書を差入れることが出来なければ、債務の中履行期到来の分については、必ずや強硬な支払請求を受けるであろうことが予想されるに至りその対策に苦慮していたものであるところ、偶々右畠中との金銭貸借関係については、未だに借用証書その他の証拠書類が作成されて居らず、畠中はこれをその家族にも秘して居り、覚書として手帳(証第一号)に記載しているにすぎないことに着眼し、最初は畠中の右手帳を奪取して自分の立場を少しでも有利にしようと考えたが、それよりも一層のこと、右畠中を殺害して前記債務の履行を免れようと決意するに至り、昭和二十九年十二月十六日午前二時過頃自宅物置より金槌一挺(証第二号)を持出し、これを携えて新湊市東町九十番地の右畠中喜作方に至り、階下八畳間に就寝中の同人の頭部を右金槌で数回殴打したが、同人に対し全治約一個月を要する前額骨複雑骨折等の重傷を負わせたに止り殺害の目的を遂げなかつたものである。
(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)